ネオたぬ記

読んだ本の感想。見聞きしたこと。

高橋則夫『刑の重さは何で決まるのか』

刑事司法のお勉強。

 

高橋則夫『刑の重さは何で決まるのか』ちくまプリマ―新書、2024年

 

 結構売れているらしく刑法を勉強してみたかったので買ったのですが、著者は修復的司法を研究している人でした。買ってから気が付いた。

 定評のあるちくまプリマ―新書なのできっとわかりやすいだろうと思ったのですがこれがちゃんと読もうとすると意外と難しい。法学特有の言葉遣いに自分が不慣れであるという問題もあるのでしょうが、同時に詰め込みすぎなところも少しありそうです。特に一番面白く読んだ第5章「刑法学の新しい世界」など、いやこの説明だと要約されすぎてて絶対初学者わからんだろ…というようなところも。またそもそも法律のお勉強(特に本書の前半)というのはちゃんと読むとなかなか疲れる。議論が細かいのですね。著者自身も法律の講義は無味乾燥になると言っています。ただし同時に、それがやむをえないことであり、一般人の日常の感性から離れていることにこそ刑法学の存在価値があるのだ、ともいうわけです。これは大事な観点。法が、国家やその都度の一般人の日常感覚によって振り回され暴走しないように、いかに細やかに手続きや量刑の議論が組み立てられているか。刑事司法の一連のプロセス、勉強になります。

 ちゃんと読むとそれなりに大変だけれど、よい本です。面白かった。要点を抑えた言葉がたくさんあり、細かく理解するのは大変でも大まかにはわかるようにできています。はからずも関心のあった修復的司法の勉強にもなったわけですが、本の前半部分で犯罪と刑罰とはなんなのか、量刑、そして処遇の基本的な理解が説明がされており、それらとの関係で後半に修復的司法を含めた新たな刑法の考え方の特徴がわかるように書かれているのが、法学・刑法の基礎知識のない身としてはとてもありがたい。この本で「よし、修復的司法についてばっちりわかった!」という気分には到底ならないわけですが、要点は抑えることができるし、今後どういう論点を勉強していけばいいのかは少しわかったような気がします。

 

 主に新たな考え方との対比で基本的な刑法の考え方についてすこしメモ。

・刑法の任務は「法益」(法によって守られる利益)を保護することである。この法益保護とは、刑罰の予告そして実際に法益を侵害した者に刑罰を科すことによって、これから被害者になりうる一般人の法益を事前に保護するという意味である。言い換えると、刑法は実際に被害にあった個々の具体的な被害者を守るためのものではない。

・それゆえにまた、被害者の報復感情を融和させ充足させることも刑法の任務ではない。

・「刑罰」とはなにか?「応報論」(行われた行為に対する反動・反作用。刑罰を科すこと自体に意味があり、それ以外に目的は存在しない)、「一般予防論」(一般人に対する威嚇)、「特別予防論」(行為者の改善・教育)、「積極的一般予防論」(ルール自体の存在価値の再確認)の総合からなる。応報論の枠内で予防論を加味して考える「相対的応報論」が現在の一般的な考え方。

・量刑は、「違法性」(法益保護の要請に反した度合い。どのような「犯罪行為」であったか)を第一に問い、続いて「犯罪行為」にふさわしい「刑事責任」が問われる。刑事責任の判断は、事件が引き起こした結果の重大さを前提にしつつも「意思決定に対する非難可能性」(適法行為ができたにもかかわらず、自分の意思で違法行為を選択したことの責任)が中心的要素となる。

 

 

 

 こうした現在の犯罪と刑罰のとらえ方を踏まえた上で、最終章では新しい考え方が紹介されています。まず最初に紹介されるのは被害者志向的刑罰論。

・上述のようにこれまでの刑罰論においては、個別の被害者が考慮されることはほとんどなかった。それは、近代刑法が被害者の復讐を禁止し、国家刑罰権として〈国対加害者〉の図式で刑罰を構想していたから。刑罰の中心にある応報論は、被害者の復讐を禁止して具体的な被害者が受けた被害の修復を除外し、抽象的な被害に関連する法規範の維持・回復を意図する。通説である相対的応報論でも、被害者の位置づけははっきりしない。従来の刑罰論はもっぱら集合的利益・公共的利益を考慮してきた。

・「被害者」を重視するとして、「被害感情」を「応報感情」と単純に結びつければよいわけではない。様々な調査から被害者感情というものは事件ごとにきわめて複雑なのであり、たしかに応報感情が支配的になるケースは比較的多いにしてもそれらはイコールではない。むしろこの等号を支えているのは一般の潜在的被害者(現時点で被害にあっていない人)の仮定的、推測的、当為的感情である。「被害者の真の苦しみを分かち合う社会的連帯意識の形成の方向を探ることなく、被害者感情=応報感情という等号に固執するのは、やはり、真の被害者感情を理解しない局外的な考え方だと思います」(168)。被害者感情が複雑多様であることを前提として、中でも重要な「被害者感情」は、「応報感情」と表裏の関係に立つ「回復感情」である。被害者はまず犯罪以前の状態に回復されることを望む。犯罪以前と全く同じに戻すことは重大事件になるほど不可能だが、「被害者の実質的利益」の回復という課題がある。

・刑事司法を「紛争解決」を目的とするものとして捉え、被害者と加害者とコミュニティの間における法的平和の回復と考えるなら、加害者と刑事司法との関係の前に、被害者と加害者の間の紛争(第1次紛争)、加害者とコミュニティ間の紛争(第2次紛争)が位置づく。こうした場合、まずなされなければならないのは加害者による損害回復と、それによる応報感情の充足である。加害者を除外して社会や刑事司法が被害者の「応報感情」(≠被害感情)を充足しようとするのは役割を見誤るものである。続いて社会は被害者に対して「真の共感と補償」を提供し、最後に刑事司法は被害者に対して保護を付与する。

・この被害者志向的刑罰論では、刑事司法は被害者の実質的利益の保護を目指すことになる。社会による共感・具体的な補償とあいまって、「加害者による損害回復をできる限り可能とする方向を模索」すべきである」(170)。

 

 

そして、こうした被害者志向的刑罰論のさらに先を行くのが修復的司法とされています。以下メモ。

・修復的司法は、現在の刑事司法を応報的司法であると解したうえで、その異議申し立てとして登場した。

・応報的司法が犯罪を刑罰法規の違反とし、刑事司法を国と加害者との関係で把握するのに対し、刑事司法は被害者・加害者・コミュニティが関与してそれぞれの関係の修復・回復をめざす。従来犯罪が抽象的な「法益」を侵害する行為とされたのに対し、修復的司法は犯罪を特定の被害者やコミュニティに加えられた具体的な「害」であると捉える。

・それゆえに、加害者の「責任」の概念も修復的司法においては変化する。応報的司法で想定されているような国家の刑罰に対する受動的な責任だけにとどまらず、加害者は被害者およびコミュニティに生じた「害」の修復という能動的な責任、応答責任を担うことになる。諸外国における実践例として、ドイツの犯罪防止法における「加害者と被害者の和解」の規定、オーストラリア、ニュージーランドの家族集団会議、カナダの「サークル」。

・修復的司法の具体的な場が成立する前提として、加害者が能動的な責任を認識し、担えるようにするための取り組みもまた必要となる。刑事施設で加害者に自らの犯罪と向き合わせることも重要であり、島根あさひ社会復帰促進センター(『プリズン・サークル』の舞台)などで取り組まれている。

・修復的司法にもまた限界はある。「犯罪問題をある程度私的な事柄にすることは犯罪の公共的側面を隠蔽する危険性があること、当事者間に力の不均衡がある場合に仲介者の手腕に依存するだけでよいか疑問であること、参加への当事者の自律性が確実に保障できるか疑問であること、地域社会が抑圧的に機能する場合に歯止めをかける必要もあることなどの問題」(180)。

 

この5章では刑法の世界で前提となってきた古典的意思理論への批判も紹介されています。シンプルにいうと、強固な自我、他者を必要としない個人を前提においた刑罰論ではなく、より実態にあった、集団・社会の中にいる人間の行為・意図というものを刑罰の前提として考えるべきである、という感じでしょうか。刑法が重視する規範遵守能力や不法を回避する能力も、様々な社会的諸条件を考慮しなくてはならないとしています(承認論的責任論)。

これまで少しだけ読んできた本や『プリズンサークル』では「加害者」が議論の出発点となっていたので、刑事司法の全体イメージ、そこでの被害者の位置づけの無さ・弱さから修復的司法の実践を説明してくれる本書はとても有意義でした。応報的司法が何を排除することで成立してきたのか、現在の刑事司法の前提となる人間観の説明、リベラリズム(著者はこういう言い方はしていませんが)について考えさせられました。厳罰化・ゼロトレランスなどもこれらとあわせて勉強してみたい。

修復的司法の日本の事例の中で触れられている島根あさひ社会復帰促進センターはまさしく『プリズン・サークル』の舞台。応報的司法における被害者・コミュニティの害の回復という課題の除外⇒それらを含めた刑事司法の模索⇒その基礎となる、加害者が能動的な責任主体となれるようにするための働きかけということですね。映画で出てくる回復共同体のある種の暴力性、この問題も刑罰において刑務所での「処遇」がどう位置づくのかという本書の議論を読み返しつつもう少し考えてみたい。今映画を見直したら初見時よりいろいろ考えられそうです。

またこの本では修復的司法の弱点、限界についても触れてはいるわけですが、最初に述べたとおり内容をもろこみすぎてその中身は具体的には展開されていません。著者は従来の司法の在り方を否定せずにそこに新たな考え方を加えていくべきだとも一言述べており、そのあたりはこの問題、近代の中で達成された刑事司法の意義の問題ともかかわるのでしょう。修復的司法の抑圧的な側面については、ジェンダー・性被害の観点からも当然ながら批判があるようです。その問題にふれている論文がネットで転がっていたので、こちらを近々読まなければ。でっかい図書館にあまり出向かず家でもそこそこに勉強できるというのはありがたいです。

 

亀の歩みで勉強中。

勅使川原真衣「働くということ 「能力主義」を超えて」

 

坊が保育園にちゃんと通えるようになってきました。もう1か月以上、休みなし。

自分も息切れしたりしてるけど、ちょっとずつ本を読めるようになってきているぞ!

 

勅使川原真衣『働くということ 「能力主義」を超えて』集英社新書、2024年

 

なかなか面白く、いろいろ考えさせられたので、前から気になっていた一作目の『能力の生きづらさをほぐす』(2022年)も追加で買ってあわせて読みました。能力主義批判の本はいろいろありますが、本書の特長は、著者が組織開発のコンサルティングを生業にしていること、また同時に進行がんの患者であるということに基づくと思われる、議論の具体性・迫力だと思います。

 

一言で言えば、一会社組織で起きている問題を個人の能力の問題にすり替えてはいけない、そうした問題の解決は優れた個人を選別して雇い入れようとすることでは解決しない、職場のあり方、働き方のイメージ自体を変えていかなければならない、というお話です。個人の「能力」ではなく、「関係性」をテーマにしていくべきこと。分かりやすく優秀な「人材」を選抜して解決しようとするのではなく、どのような人にもその人にあった活躍の場を与えるという考え方が必要であること。新書ではあるのですが、著者の言いたいことを十分に理解しようとすると結構難しく、まだまだ読みこなせていない感じもしますが、とりあえずメモ。

 

非常にあやふやな「能力」なるものを、あたかも客観的に測定可能で個々人が厳然と所有しているものかのように理解することの誤りについては、著者以外にもいろいろな論者が様々な立場から指摘しています。しかし本書でそれが独特の説得力をもつのは、そうした「能力」観とそれにもとづく実践の無意味さを著者が自らの経験に基づいて論じているからでしょう。「優れた能力」なるものを持った人間を選別し雇い入れることに腐心し、雇った人間があらかじめ予想したような働き方をしてくれなかったと嘆く。そうではなく、それぞれの人間の個性・凸凹、それぞれの考え方(合理性)を理解し、様々な人と人との「組み合わせ」でどうにかこうにかやっていくべき、これが著者の主張になります。そうしてこうした解決を「理想論」と呼ぶ人間に対する著者の再反論はシンプルです。

 

「どっちが「青い鳥」やねん」、「万能の神を探しているとあっという間に日が暮れます」(115)。

 

いま多くの職場でなされている選別や、その大前提として多様な人間を単純なものさしで評価しようとするやり方のほうが、実際には現実から乖離しており、働くことの無理を助長しているのだ、というわけです。リーダーの仕事に必要なのは「優秀な人間」を選別することではなく、(すでにいる)人と人とを組み合わせて活かすこと、既成の「正しさ」や基準を疑うことであると。そもそも一人で仕事をしているわけではないのに、優秀さや成果を個人単位ではかるのには無理があるとも。

 

こうした著者の主張は、本人が進行がんの患者となったことにも支えられているようです。体力が落ち、感染症をもらいやすくなり、仕事の「量」も減らしそれゆえにお金の入りも減る。そんななかで、「頑張っても避けられないことや、頑張ってもどうしたってできないことがあること」、「高い能力」の要請という物差しのつらさ。また人の支えや仕事の質など「お金」や個人単位での「優秀さ」という形では表現しがたいものの重要さを考えるようになったと述べています。コンサルティングという実践現場と著者本人の病、これらに支えられ、本書の「能力主義」批判は独特の生々しさを得ています。

 

実際に著者がかかわった職場の事例も面白いです。

「優秀」な人材を必死に探しても基準を満たす人がいないと嘆く人。

テレアポがひたすら苦手な人。

非常に「優秀」だが、幸せに働けていなかった人。

いずれも、一元的な「正しさ」や選抜の論理による視野狭窄が苦しさのベースにあり、そのあたりを少しいじっていくなかで問題が突破されていきます。まぁそうだよなぁ、と思わされることも多々。一冊目の『「能力」の生きづらさをほぐす』で出てくる事例も面白いものが多いです。硬直した「人材」評価や「選抜」、人間の多様性の軽視がいかに職場に混乱や不毛な衝突を生むか。そしてそれをあおる人材開発業界。

 

 

ただ、読んでいて、これはなかなか大変そうだな…と同時に思ったのも少し事実。

「自己を俯瞰し、相手の合理性に耳を傾け、目を配り、自分ができる『変革』の小さな一歩を踏み出す」ことこそが「働くということ」であるということ」(228)。「「働くということ」は、自分や他者の機微を受け取る営みだと申してきました。移ろうものを相手にしています。決めつける、言い切るような強さは、本来お呼びでないのです」(233)。

うん、難易度高そう。そうだよな、傲慢になってはいけないし、他人の評価でくよくよしていても意味ないよなと思いつつ。「こりゃーコミュ力が必要そうですね!」とか言ったら著者に怒られそうな気がする。能力は個人が固定的に所有しているようなものではないのだ、というのが著者の立場ではあるのですが、まぁ個々人は実践をする必要があるわけで。

また同様に、「組み合わせの良し悪し」が重要であるのはわかるとして、職場の人々を適切を観察し人を采配する役回りの人間の負担はいかばかりか、ともやはり思ったり。実際にごく限られた人員の中でどうにか日々の仕事を回そうとしている立場の友人なんかをみると、本書を読んだあとでもやはり、「いやぁ、いい「人材」入ってくるといいねぇ」とか言いたくなったりします。

 

 

 

そして、組織開発の実践に基づいている著者の議論で、能力主義批判はどのあたりまでいける(いくことを目指している)のだろうか、という疑問もあります。一元的な評価をしないこと、固定されたゴールや「完成」を据えないことが著者の主張です。「働くということ」を「経済的価値を生み出すことである」という定義も「非常に不自然」であるとする批判(228)もあり、とてもラディカルです。しかし、実際にはご本人の仕事のゆえか、本書で出てくるエピソードでは、目に見える「成果」がやはり語られるのですよね。

実際の企業や、賃労働の場で、どこまで「評価」が多様であり得るのか。職場で「評価」を必要とさせるような源はなんなのか。著者の「選別」批判や「評価」批判は、そのことが実際の仕事の場にマイナスの役割を果たしてしまうという具体的な事実に立脚するがゆえに説得力をもっており、これが本書の大変な魅力ではあるのですが、しかしそれは他方で「実際にその職場がうまくいっている」(誰にとってか、というのが実際には重要ですが)場合には批判の鋭さを弱めてしまいそうな気はします。「会社単位で競争力を得るために会社内で不必要に競争をあおるのはやめましょう」というのは、これは果たして競争批判なのか肯定なのか。労働者評価の多様化にはつながるとして、「評価をすること」自体の批判にまでいたるのか(いたるべきと考えるのか)どうか。実際に出てきた事例でも、問題を突破した当事者が喜んでいるのは「評価の軸が増えた」(121)ことであり、選別や評価がなくなったという話ではありません。「優秀さの基準は単一ではない」という主張と「優秀な人材を選別しようとすること自体をやめるべき」という主張は同じではないはずです。「似たようなタイプの「優秀」な人間だけ雇ってもいいことないよ」と言えてはいても、「多様な人材を上手に選抜しよう」という主張を否定している話はしていない(できていない)のではないか、とも思うわけです。

 

著者の問題意識は「そもそもの問題は、個人が社会に一人きりで真空パックされたかのような「人間観」「仕事の成果観」に端を発するのではないか?」(87)という点にあり、著者の「組織開発」の実践は、「まさにこのような無理のある「人間観」「仕事の成果観」を脱したところに立脚する取り組み」として位置づけられています。「人っ子ひとりを不自然にも「独立独歩すべき、『自立した』個人」と見立て、異常なまでのプレッシャーをかけていく世の中にあって、素朴に問うてみたい。皆で持ちつ持たれつ生きているのに、どうして社会の大事な決めごとに際して、往々にして個人単位で考えさせられてきたのか、と」(87)。そして、「一元的な基準ではこぼれてしまう人に、その人に合った役割、在り方を提案できるのが脱・「能力主義」。つまり個人の能力一辺倒ではなく、凸凹の持ち寄りという「関係性」でなんとか前に進む方向性を提案できるというのが組織開発の強みなわけです」(184)。

しかし病も含めて著者が身を置いている状況に裏打ちされたラディカルさ、ある種の共同体論的なイメージと、他方でのコンサルティングの仕事の場に基づく実践と解決の模索。この二つがうまく歩調を合わせているように読めるときと、衝突しているように読めるときとがありました。組織(職場)が「うまくいっているか」を考えるとき、経済・経営的な尺度から評価するということからどの程度自由になれるのか。

 

また、「組織開発」という実践でできることとそれだけでは解決しないこと、という問題も気になります。この人物の抱えている困難は、職場や人間関係のマッチングで解決できるような問題ではなく、福祉の領域や日常生活の関係性づくりの必要に足を踏み入れているのでは?というようなケースは往々にしてあります。これに対し、労働の世界でどこまで問題が対処できるのか。実際、エピローグにいたって著者もこの点に少し触れているのですが(247)。

 

 

さておき、本書で紹介されている事例では、組織開発によって営業成績もあがったというエピソードが紹介されており、これだと経営者にとっても労働者にとっても「能力主義」批判が皆にとってハッピーであったという話になります。この順接、話のスムーズさはどこまで一般的なのでしょうか。

2章のしめくくりで、著者は「誰から先に変わるべきなのか」、「変わるべきは誰か」という点に触れています。そして著者は、「…まず声の大きい企業、経済界やアカデミズムで著名な方々が、「個人の能力で仕事をしている/社会を形づくっているのではない」と明言してほしいと思っています」と述べています(145)。これは、まずは学校教育が能力主義から舵を切るべきだとする議論に対する反論であり、教育にそれを求める社会・企業のあり方から変わらねばならぬのだ、という主張ですね。学校からではないのだ、という点は大いに首肯したい。「社会のデザインは、一見すると教育に懸かっているような気がしますが、現在の産業構造、教育システムを鑑みれば、誰から変わるべきなのかはお察しのとおりです。教育が右向け右、と倣う先である企業、労働社会。こここそが、脱・「能力主義」、組織開発的視座に変わっていくことが切に期待されるのです」(147)。これ自体はとてもよくわかる主張なのですが、しかし著者の組織開発が企業にとっても利益を増やすことにつながったのだ、という他でのエピソードと合わせて読むとき、著者の楽観主義を感じざるを得ません。

そして、「この単純な事実を、体制側、つまり社会経済の基盤に関する決定権を持つ人たちにご理解いただき、「人間観」を見直す形で、経済界からまず号令が出されることを祈るばかりです。脱・「能力主義」の開闢が来るとしたら、そこからなのです」(150)と著者が「体制側」への期待を述べるとき、自分は他方で150年以上昔の以下の言葉を思い起こさずにはいられないのです。

 

「われ亡きあとに洪水はきたれ!これが、すべての資本家、すべての資本家国の標語なのである。だから、資本は、労働者の健康や寿命には、社会によって顧慮を強制されないかぎり、顧慮を払わないのである。肉体的および精神的な委縮や早死にや過度労働の責め苦についての苦情にたいしては、資本は次のように答える。この苦しみは我々の楽しみ(利潤)を増やすのに、どうしてそれがわれわれを苦しめるというのか?と」(『資本論』第1部第3編第8章)

 

賃労働という現実があり、商品という現象があるときに、「発想の転換」でどこまでいけるのか?著者の場合はそもそも事実として協働があるのだ、という話に着目するわけですがしかし他方でその協働を見えないものにする力も存在します。そして、利潤を追求しなければ生き残れない企業とそれを体現する経営者、そのもとで命令を受けて働く労働者。

著者の働き方について提言は、利潤追求の場にたつ企業にとってもおおむね合理的なのか、はたまた社会に強制される「顧慮」なのか。著者は、早期退職のリスクが高い人間を検出するAIの開発というニュース記事に対して、やめる人間が悪いのか、組織の側に問題はないのか、と正当にも批判を加えています。しかし個々の企業からすれば、人とのマッチングへの対応が必要な「面倒くさい」人間よりも、汎用性が高く「忍耐力」のある労働者を雇えるなら雇いたい、と思うのもまた自然な気もします。人を「選別」するよりも「組織開発」やマッチングの方がまだ展望があるよ、というのが著者の主張なのでしょうが、現実問題とりわけ非熟練の現場においては、人不足という磁場がありつつも野蛮な「選別」は今も企業なりの合理的判断のもとに行われ続けているように思います。「つべこべ言わずにやれ、とは権力者の言い分です。黙々と働く労働者を良しとしてきた時代は過去にはあったでしょうが、今もその価値観で、複雑化した社会を乗り切れそうでしょうか」(219)と著者はいうのですが、これまたすべての労働現場に当てはまるのかどうか。「ほしいのはまさしくそういう黙々と働く労働者です」と許されるなら公言したい企業・業種もいくらでもありそうな気もするのですね。そしてそれが(あまり)許されないのは、自分は社会から「顧慮」が求められるからだと思っています。あらかじめゴールを決めて設定されるような「効率性」が追求される職場において、「そこに「イノベーション」は待ち受けているのでしょうか」(227)という著者の批判、これもまた刺さる職場と刺さらない職場がありそうです。

組織のあり方を見直すことで利益をあげることに成功したのだという、実際の多くの職場に響きそうな着実な事例紹介と、そもそも目指すべき「利益」とはなんなのか?商品が売れたとしてそれが売れている社会は健全か?そもそもお金だけでものごとをはかってよいのか?等のより射程の長いラディカルな問い、その両方の記述どちらもが本書にはあるように思います。その中間には人材開発でみられる「分析」、「計画」、「科学的」といった言説への批判が位置している感じでしょうか。

 

 

ひねくれた言い方をするなら、著者のラディカルな「一元的な正しさ」批判や「能力主義」批判は、本書で提示された組織開発における実践・模索によってどの程度まで達成されるのか?という疑問といってもよいかもしれません。

ただし、読んでいてこうした疑問がでてくるのは、著者が組織開発という現場に実際に立って考えや展望を練り上げているからともいえるでしょう。競争や評価に人々を追い込む圧力の根源を考えることは重要なテーマでしょうが、どうあれ、一元的評価や能力主義の前で一度立ち止まるために、著者の以下の語りかけは多くの人にとって意味があるものだと思います。仕事の現場から考えてきたこと、それは本書の大きな魅力であり、実際に多くの読者を得ているであろうことが納得できる本でした。

 

 

「現場の皆さんに足りないものがあるとするなら、それは、インプットではなくアウトプットの場のほうです。分かりやすい成果を出す、なんて小難しい意味ではなく、「自分たち各々が持ち味を持ち寄って、すでにこんなふうにあんなふうに、どうにかやってきたよね」ということを吐き出してもらい、耳を傾け、承認し合う=行為を理解し合う、ということです。これが、個人の能力から他者との「関係性」にフォーカスしていく際に、地味で、一見ばかばかしく、また牧歌的にも思えることなのですが、根源的に必要になる営みです。……他者と働くとは、「他者の合理性」を承認し合うために、吐露できる場があってはじめて為せるのです」(133,134)。

失われた50年

失われた〇十年と聞くと、多くの人が頭に浮かぶのは「失われた30年」でしょう。現代日本の衰退・失敗をバブル崩壊からの30年間で理解するという認識枠組みです。実際、それまで日本社会に久しく存在しないかのように言われていた貧困・格差・不況などが誰の目にも明らかになったのがこの30年間でした。

しかし、京都保険医協会の新聞の以下の短い文章のタイトルは、これを少し相対化するうえでなかなか魅力的です。

 

後藤道夫「少子化と「失われた50年」」(『京都保険医新聞』2024年7月25日号、8月10日号)2024年 - 京都府保険医協会 (healthnet.jp)

 

現在深刻化している日本の少子化について、(本来第3次ベビーブームが期待されたはずの)世紀転換期に雇用不安定化と低賃金を軸とした「生活の将来見通しの急速な悪化」が特に若い世代に直撃し、有配偶率が大きく低下したことがまず指摘されています。感覚的には理解していましたが、示されている年収ごとの有配偶率の違いのデータはなかなか衝撃的です。2022年現在、35歳~39歳の男性のうち年収500万以上の未婚率が17%なのに対し、年収300万円台で46%、年収300万未満だと67%。そして、男性の収入がダイレクトに有配偶率と強く結びついている背景として、日本の女性の賃金水準の異様な低さと雇用の不安定さがあることが指摘されています。有配偶率や子どもの有無は、少なくとも日本では本人たちの主体的・積極的な選択とは言い難い、経済的な理由がかなり大きいことが予想されます。

 

すると当然解決には、強烈なジェンダー格差も含めた非正規雇用・周辺的正社員の労働を環境を中心とした制度改善が必要になるわけですが、この文章ではそれを考えるために、「失われた50年」という視座を提起しているわけです。つまり少子化の問題を正確にとらえるためには、不況が生じたこの「30年」ではなく、「50年」におよぶ歴史的負債をみなければならない、と。とられるべき政策があるとして、「だがそもそも、労働側からの強制なしに、支配層はこうした改善措置をとるものなのか」というのが著者の問いです。少子化の理由は明白なのに、なぜ日本ではそれへの対策がとられないのか。著者は、1975年を転機とした労働組合の抵抗力の喪失にその根をみます。すなわちこの時期以降労働組合のストライキは激減し、現在までの約50年にわたって「「資本独裁」の社会」が続いてきたことに現在の少子化社会への重要な基礎があると。70年代半ば以前から大企業労組の大半は男性正社員のみを本来の労働者とみなし、闘争課題を限定した企業主義的闘争方式をとるようになっていましたが、こうした労組のあり方は結局企業間競争・企業内労働者間競争の論理には抵抗することができず、1970年代後半からは実労働時間が増え始め、賃金の企業規模格差は再拡大し、男女の賃金格差が再び開き始めます。またこのような労働運動は世紀転換期の労働市場改編に対しても徹底して無力でした。現在の日本の少子化の根にある男女差別、非正規差別等は70年代後半以来制度化されたものなのであり、直近30年間の不況の中であらわれたものではなく、労働側が抵抗力を喪失して以来50年間続いてきた「常識」を基礎にしているわけです。

 

パートを含めた男女賃金格差は現在深刻な問題となっており日本の特徴となっていますが、文中のグラフ(図2 女性賃金の対男性賃金比)では、1970年代半ば以降欧米でこの格差が着々と縮小していくのに対し、日本だけが改善が進まず停滞している様子が明瞭に示されています。賃金の激しい男女間格差は、70年代以降改善されてこなかったパートタイム労働の低賃金が大きく関係しているわけですが、こうした格差が存続しているもとでは、企業側が状況に応じてパートを「活用」しようとするのは当然のことです(1993年14%⇒2023年32%)。

 

 現代日本の躓きを考える際、「失われた30年」や「氷河期世代」といった言葉は一見とても分かりやすいものですが、問題の根を考えていくのであれば経済不況に陥った「失われた30年」ではなく、労働側が分断され、労働運動が力を失い、非正規差別やジェンダー格差が固定化されて以降の「失われた50年」というスパンで日本のあり方を考え直していくことは意味のあることであろうと思います。「少子化」問題は多くの、特に若い人々の危機意識の一つの象徴になりつつあるように感じますが、しばしばそれが世代間格差の問題や不況と経済再生という枠組みに収斂しがちであることをみるとき、「失われた30年」ではなく「失われた50年」という言葉は視野の欠落をふせいでくれるのではないでしょうか。

おうちでパーティ。そして台湾あれこれ。

数年ぶりに、来日中の台湾の友人が友人一家とともに遊びに来てくれてくれました。昼過ぎからあつまり、夕方まで飲み続け食べ続け喋り続けました。育児、仕事、政治、料理、つもる話がいろいろです。一歳児がいることや自分の体調のことなど、家に遊びに来てくれるのは大変ありがたい。

みんなが帰った後、坊は即眠りに落ちました。はしゃぎすぎたらしい。人見知り期真っただ中のはずなのですが、友人の子や台湾人の友人には全力で懐き、最終的には友人に抱っこされて嬉しそうに家を移動していました。特に初対面の小学生に対しては最初から全く警戒心を示さなかったのはなぜなのか。サイズ感?

 

 

台湾人の友人とはだいぶ久しぶりに会えたのですが、会うといつもいろいろな話をきけます。そして、話をするたびに自分が言外に前提にしているものをあらためて意識する機会にもなるので、おしゃべりするのがなかなか面白い。

数年前に話していたときに印象に残った話題は、台湾における政治的な対立関係は何を基軸にしているのか、ということでした。僕自身は日本の政治の問題を考えるときに、労働・福祉、そして平等の問題をかなり大事にしています。多様性の問題で強く保守的な態度をとる党派も支持できない。また日本の伝統的な左翼であれば、それら以上に平和問題、憲法問題がはっきりとした対立軸として考えられており、自己のアイデンティティにされてきたと思われます。しかし台湾人の友人に言わせると、台湾における政治的対立軸は、そういった左や右ではなく、とにもかくにも中国とどう向き合うか、ということだそうです。政策・綱領が社会民主主義的であるかどうかという話などはありていにいってしまえばどうでもよい。それに関連して、今回政党の離合集散や流動化の状況についても話をしたところ、ポピュリズム的党派もあるにはあり流動化は生じているが、他方で政治的ブロックはまとまらねばならないという意識もかなり強い印象があるとのこと。そしてそうした雰囲気の背景にあるのがやはり中国の脅威ということでした。もし政府が方針を大きく誤ると、比喩ではなく文字通りの意味で国の自立・存亡に直ちに関わる。実際に様々な局面でそういったことを考えさせられることが多いらしく、各政治勢力バラバラに動きながらじっくりやっていくのもいいよね~的な悠長な感じはあまりないそうです(あくまで、一人の友人の評価ですが)。

 

また以上のこととも関連して、台湾ではどうやら市場の規制もあまり強くない気配。パーティー中の日本人の友人と台湾人の友人の会話。

日「日本は子育てがしにくいってよく言われているけど、台湾はどう?」

台「育てやすいよ。お金さえあれば!」

うん、噛み合っているようで嚙み合っていない。質問した日本人の側はおそらく、「金さえあれば大体の問題が解決できるのは資本主義なんだからそうだとして、制度的にみんなが子育てできるような制度整備はされているのか?」というのが質問の意図だったのでしょう。

しかしその台湾人の友人によれば台湾では長時間のベビーシッターや、土日にやっている小児科などが市場競争のなかで利用可能になっていて便利らしい。いろいろと内実をきいていると、介護系に移民労働者が流入していたり、土日の病院は利益をあげるために丁寧な診察ではなく薬の処方に特化したりと、「そのあたりを市場原理に任せて本当によいのだろうか」と思わされることが多いのですが。以前聞いたところによると自営業志向が国民全体の中でかなり強いらしく、「労働者」としての保護を国に求めるという話にあまりなっていないともいっていました。ほほう、そんな感じでもうまいこといくところもあるのかぁ、市場で買えるサービスがそんなに高くないのかな?大半の人たちが育児関連のサービスを使える程度にゆとりがあるということか?などと思いにふける。カルチャーギャップというか、考え方・価値観の違いに驚かされ、非常に興味深くおもったのです。とても近い国、しかし全然知らない国、台湾。すこしくらい基礎知識を学ばねばなぁと思い、みんなが帰った後すこし本を読んでみたりしたのでした。読んだ本は、

 

赤松美和子、若松大祐編『台湾を知るための72章(第2版)』2022年

 

72のテーマで様々な著者がコンパクトに執筆しており、前提知識がない自分にとってはいろいろ参考になります。

例えばさきに書いてきたこととの関係で、上村泰裕「少子高齢化と社会保障」。この章によると、1987年時点では台湾の年金加入率は50%にとどまり、健康保険加入率も30%台。日本でいう国民皆保険がほぼ達成されたのは1995年、国民皆年金は2008年だそうです。ということで当然ながらというべきか、著者によれば台湾は「現在、急激な少子高齢化に直面」しており、2019年の合計出生率は1.05(日本は1.36)だそうです。日本以上の急激な少子化状況で、調べてみたところ世界屈指の少子化だとか。家族への依存度も日本以上に高く、多世代同居率は現在も70程度(日本は40%程度)。「公的介護の整備の遅れ」が背景にあると指摘されています。

 

 

 

全然うまくいってないじゃないか!

福祉国家・社会民主主義の重要性を再び確信したわたしなのでした。

とはいえ、友人が台湾においてもかなり独特な価値観を持っているというよりは、中国との関係や民主化の経緯等をかんがみるに、おそらく友人の思考は特殊なものではないのだろうな、と推察してもいますが。

 

 

 

なお介護制度の遅れに対する外国人介護労働者の受け入れについては、横田祥子「新住民」でも触れています。80年代末以降まともな移民統合政策無しに外国人労働者の受け入れが始まり、2000年代前半に至って移民たちの社会統合が問題になって、NGO・NPOの動き、政府による対策も活発化したそうです。移民の子供たち(「新二代」)も大人になり、社会進出を進めているようです。他人事とおもえない話というかなんというか。

それから若松大祐「政党と国家像」によると、2022年1月時点で正式に登記されている政党の数は112個だそうです。2大政党(国民党・民進党)しか知らなかった。大半の政党がこの2つの陣営に分類される、という仕組みだとか。第3極は基本的には大きく成長したためしがないようです。

中国との関係をめぐる国民党と民進党の「国家像」の違い、「台湾」と「中華民国」をめぐる複雑な関係(若松大祐「政党と国家像」、村上太輝夫「選挙」)など、基本的なことを理解するうえで参考になる本でした。文化方面についてもフォローされているのがよいですね。

『顔の見えない定住化』

坊、なんと2週間連続での保育園登園を達成。4月の入園から長かった。実にめでたい。おかげでこちらも体力の回復やペースづくりがしやすくなってきました。今後もぜひ頑張っていただきたい。そろそろ歩く姿もみたいです。

というわけで少しずつ読書量増加中。

 

 

梶田孝道、丹野清人、樋口直人『顔の見えない定住化 日系ブラジル人と国家・市場・移民ネットワーク』2005年

 

縁あって少しじっくり読めました。なかなか面白かったです。出版されたのは2005年で今から約20年前。丹野さん、樋口さんは自分でも知っている現在も第一線の方々。南米系移民の日本におけるあり方もこの20年で結構変化しているようには思いますが、本書出版の後に増加した南米系以外の移民を考えていく上でも示唆に富む一冊でした。

1989年の入管法改正(1990年施行)を契機として日系南米人たちの日本への移住が本格化し、そこから本格的な日本への移民の増加が始まったことはよく知られています。本書では、2005年段階での日本に住むブラジル人たちの日本社会での在り方を「顔の見えない定住化」として特徴づけています。顔の見えない定住化とは何か。それは日本に住むブラジル人たちが社会から「顔の見える」存在として認識されていない状況を指しています。すなわち「ブラジル人は地域社会で認知可能・理解可能な存在にすらなっていない」(241)と。

1989年の入管法改正では、正面から「移民」が認められることがなかった一方で、「定住」という在留資格が作られました。「移民」ではなく、本来(?)「日本人」の一部である「日系人」に日本での定住を認めさせる、という(屁)理屈です。そしてその結果、ブラジル人側も当初短期間で高収入を得てブラジルに帰国する意図をもっていたこと(=デカセギ)もあいまって、かれらは正面からの移民統合政策のもとにはおかれず、むしろ日本の労働市場や日本での労働を仲介する業務請負業者のダイレクトな影響下に労働・生活をするようになります。

そして本書の書かれた時期には日本は経済後退期に入っており、かれらがよりフレキシブルな、周縁的な労働に追いやられていったこともこの問題に拍車をかけます。フレキシブルな労働力として存在することは、それに見合った生活様式の確立につながり、そのことはまた長期的な戦略や家族合流、移民コミュニティ形成にブレーキをかけさせます。長時間労働、夜勤による昼夜逆転生活、業務請負業者の指示のもとでの突然の転居、生活面での業務請負業者への依拠など、地域住民からはその存在が見えにくい生活様式が現実的な根拠となって、地域社会からはかれらが「顔の見えない」、理解不能な他者とみなされるようになったわけです。

 

 本書の特徴は、日本にすむブラジル人の位置や、ブラジル人たちが「問題」視される状況を日本の政策や労働市場のあり方から説明しているところです。この時期のブラジル人たちを規定する「デカセギ」という移民のあり方については著者たちは以下のようにまとめています。「市場が作り、国家がお墨付きを与えて放置し、市場が支配するネットワークにより加速した」のがブラジルから日本へのデカセギであるといいうる」(286)。

それゆえ、移民をめぐってはその「問題」が大きな声で喧伝され、その背景として生活文化の違いや言語の違い等が指摘されることが多いですが、著者たちは以下のように反論します。

 

「非正規雇用に伴う不安定性という十字架を、ブラジル人は集団全体で背負わされた格好になる。その結果生じたのが、……「顔の見えない定住化」であり、ブラジル人に特異な居住・生活パターンであった」(9)

「根源的には、顔の見えない定住化を規定しているのは、就労の論理である」(257)

「少なくともブラジル人に関する限り、問題を文化対立や地域摩擦として捉えるのは不適切で、「政府の失敗」「市場の失敗」に起因するものとみるべきである。それを「多文化共生」の問題として捉えても、対症療法的に市場のしりぬぐいをすることにしかなりえない」(297)。

 

実際にはブラジル人たちが担っていた期間工という働き方は、日本人もしています。日本人の期間工もまた半年や一年で入れ替わっていくのですから、言い換えれば、トヨタの寮でも「顔の見えない定住化」は起きていることになります。しかし、日本人の場合は日常生活においては期間工という属性が与えられにくいのに対し、ブラジル人たちの場合は、「ブラジル人」が(可視的な)属性としてあらわれる。そのため特定地域の特定の雇用分野に人が集中したとき、現実の「不安定就労下にある労働者」と「安定的居住層」の間でのトラブルである団地でのトラブルが、「ブラジル人と日本人の対立」問題として現象してしまいます(296)。夜や早朝にだけ外に出ていて近隣の人と触れ合う機会が少ないというのはエスニシティ問わず夜勤の仕事をしている人間によくある生活様式ですし、不安定な仕事に左右されながら住居を変え、地域の生活に溶け込めないのも非正規雇用の労働者の生き方です。集団でたむろしたり騒音を出しがちというのもブラジル人の特徴ではなく「若者」の特徴でしょう。このあたりの実際には「日本人対移民」ではなく世代間格差という面が大きいという話については、安田浩一『団地と移民(2019年)が繰り返し指摘しています。しかしそれらの問題が、「ブラジル人」、「移民」というわかりやすい属性に流し込まれてしまう。根本の問題としての労働問題や政策の欠如と、それが文化衝突として認識されてしまうプロセス、とても興味深いです。ただし、本書は排外主義・ヘイトスピーチを主題にしたものではありませんが。

 

本書が出版されたのは2005年。改めてちゃんと勉強してみたいことではありますが、外国人労働者の受け入れ政策も本書の出版後に様々な変化がありました。自分の住む街では特にアジア系の人々を中心にたくさんの移民が働き、生活しています。実際にサービス業を中心に働いている姿をみることも非常に多くなりました。厚生労働省によれば、2008年段階で約48万人だった外国人労働者数は2023年には203万人。4倍以上に激増しています。移民の存在感は本書出版時よりもはるかに大きなものになっています。著者の一人である丹野さんは、近年では住民基本台帳などの整備のなかで行政による外国人の把握が可能になり政策が進展し「上からの顔の見える化」(あくまで上からの)が急激に進んだこと、他方で不安定な仕事を基礎に高等学校への進学希望の低さや正社員の少なさ、職場以外での日本人と外国人の接触の少なさなど「市民生活レベルでの「顔の見えない定住化」」が継続していることを指摘しています(『「外国人」の人権の社会学』2018年)。デカセギという働き方をベースとしていた南米系の移民たちについても、いまやその第二世代が家族形成の時期に来ています。ブラジル人を含めた日系人たちの働き方(「デカセギ」を規定していた諸条件)と、他方で日本社会の労働市場・労働問題のあり方の変化も重要でしょう。本書では経済衰退期における人余りが強調されていましたが、現在の日本では日本人も含めた非正規雇用や悪条件の正規雇用が広がる一方で人手不足も生じています。

 

2005年段階から現在で具体的に移民をとりまく状況にどのような変化が生じたのか、しっかりと勉強してみたいところではありますが、本書の特長との関係で特に興味のある点について丹野さんは2018年の本で以下のように述べています。

 

「筆者たちは「顔の見えない定住化」を外国人の問題として提起したが、今やこの問題は日本人の方により深刻な影を落としている。なぜ日本の経済がここまで非正規雇用に依存する労働編成になってしまったのか」(『「外国人」の人権の社会学』201)。

 

『顔の見えない定住化』で既に部分的に指摘されており、そして現代の日本でよりはっきりと姿を現した論点でしょう。不安定・不十分な就労のもとに置かれた日本人労働者は現在ではもはや珍しいものではなくなりました。移民の暮らしにくさの問題は、移民が労働市場や権利状況において日本人と分断されていることにあるとともに、日本人も含めて市場の暴力から守られていないことにも起因しているように思います。この両面を同時に掴みうる視座を提供してくれる『顔の見えない定住化』は、その後の様々な状況変化にも関わらず、問題の所在を考えていくうえで多くのヒントを与えてくれます。最近話題になりがちな、クルド難民の人たちのことを考える上でも参考になるのかも。

育児記

体調整ったら本読むぞーと思っていたのですが、結局年末から半年、基本ずっと体調が悪かった。今もよくはないのですが、それでも多少はマシというところです。保育園で毎週熱出したり下痢をしたりしていた子どもも、最近ようやく少しずつ慣れてきてくれました(といいながら、昨日今日と連続で下痢をしたため午後にお迎え要請の電話がきて、妻が帰ってくるまで一人で子の相手をしていたのですが)。今度こそ、少しずつ本が読めるはずなのだ。

 

しかし子どもを育てていると、1か月レベル、または1~2週間レベルでの成長に本当に驚かされます。大人になると時間の流れというのがよくわからなくなりますよね。あっという間に一年経ってたり、「あれ?あの出来事ってもう何年も前のことだっけ?」みたいな。時間間隔がよくわからなくなることもしばしば。こつこつ日記をつけているのですが、昨年4月に生まれた坊が今年頭からどんな感じで成長しているのか、すこし読み直して一部抜粋してみました。

 

・1月上旬、つかまり立ちがほぼできるように。

・2月上旬、濁音を出せるようになる。あちこちに笑顔をふりまく。

・3月上旬、伝い歩きで移動するようになる。障子や引き戸を勝手に開ける。気が付いたらずりばいを卒業してハイハイになっている。

・3月下旬、つかまり立ちからお座りに移行できるように。ハイハイも組み合わせることで、あちこち移動するようになり、テーブルの上がいよいよ安全地帯ではなくなる。コップを自分でもって水を飲むようになる(置くのはうまくできないのでぶちまける率高し)

・4月上旬、立ち上がるようになる。その日のうちに物をもったままそれなりの時間立っていられるようになった。動き(いたずら)をこちらが妨害しようとすると嫌な顔をして抗議するようになる。こちらの言葉がわかっているような反応が増える。

・4月下旬、バイバイができるようになる。

・5月上旬、抱っこされながら行きたい方角に腕を伸ばしてウーウーと要求する。絵本をもってこちらに差し出してきて読んでくれとアピール。

・6月上旬、パパというようになる。自分の姿が見えないと特に言うことが増えるらしい。周りをきょろきょろしたり、こちらの部屋の方をみながらパーパ。鼻血がでそうな可愛さです。今のところ唯一はっきり喋れる言葉がパパ(自慢)。

 

すごい速度で成長していきます。一か月単位の時間の大事さを感じさせてくれます。

師匠と電話をしていたら、ここからさらに成長が早まるぞ、とのこと。先日遊びに来た地元の友達も、2歳になったあたりで急速に言葉を覚え始めたと言っていました。いやぁ、楽しみです。

 

 

 

ところで、保育園について。4月からお世話になっている保育園が非常によい保育園で妻とともに大変満足しているのですが、この保育園じつは世間的にはあまり人気がない保育園のようなのです。定員が埋まらず追加募集もだしていたり。何が不人気なのだろうとネットで評判を検索してみると、こんなことが書かれていました。

「運動会などのイベントがない。またはあっても少ないのが不満」、「子どもを自由に遊ばせていて、協調性が育つのかが心配になる」。

すこしびっくりしました。実際、職場の同僚からも「あそこの保育園運動会ないんですよね」と言われたりしました。自分たち夫婦の場合、「土日にイベントに駆り出されるのとかこちらも余裕ないし、いろんなことの準備にエネルギー割きたくないから、そういうのは少ない方がありがたい」、「とにかくストレスなくのびのび育ってほしい」という希望からこの保育園は素晴らしいところであると評価しているのですが、どうやら我々が評価している点こそが、多くの親からすると不満のようです。最初に説明を聞きに行ったときに「保育士の不要な負担を避けたいのでうちではイベントごとはあまりやりません」と言われ、我々は「おお、保育士目線からしても素晴らしい」と喜んでいたのですが、むしろ多くの親からするとそれが嫌であると。

 

しかしイベントが少ない分この保育園の保育士さんたちが怠けているのかというと、そんなことは全くない。むしろ日常の保育が非常に細やかなようなのです。先日保育園の懇談会に出て話を細かく聞けたのですが、この保育園では、子どもひとりひとり個別に、負担のかからない生活スタイル(「日課」)を計画しているそうです。つまり、その子たちの家での生活の仕方や体力、発達の状況にあわせて、同じクラスであっても早めにご飯を食べる子、遅めに食べる子、お昼寝を2回する子、1回する子など、保育園での過ごし方が様々なのだそうです。そして「担当制」なるものをとっており、特定の保育士さんが特定の子どもの担当となることで、そうした子供たちの個別の生活スタイルに対応し、また人間関係を安定してつくっていくことを狙っているとのこと。ずいぶんと細かいことをやってくれているのだなぁと感心しました。そして、懇談会での保育士さんたちの説明が非常にロジカルで、とてもよく勉強されている。運動会とかやってもらうよりも、日常で細かな保育をしてもらえる方がずっとありがたいと自分としては思います。自分の子どものクラスの保育士さんは、ほかの保育園でやっていた集団保育がいやで今の保育園に移ってきたとのこと。実際じぶんたちが今の園にこどもをいれる前に世話になった複数のところ、また候補を探すべく話を聞いた保育園は、今通っている保育園以外基本的にすべて集団保育でした。「保育園は集団生活なのだから、それに合わせてもらわないと」とは、我々が実際に言われた言葉です。ミルクを飲む時間、登園・降園時間、お昼寝時間、基本的にすべてが統一されていました。おなじ保育園といってもずいぶん中身には違いがあり、さらには親による評価の仕方も多様なのだなと思い知らされました。

ちなみに今の保育園、建物に入るとすぐ目の前に調理室があって、外から覗き込めるのも高ポイント。食を大事にするところは基本的に信頼できる。

 

今の日本のように地域も含めたコミュニティが衰退しまくっていると、保育園というのは非常にありがたいものです。「預かってもらえるおかげで親が仕事に行ける」というだけにとどまらない育児上の意義を感じます。子の体調不良に対する対処、食事の与え方など、親にきくかネット(膨大な情報の海)で調べるかくらいしかない情報が、まとめて、しかし簡潔に手に入ります。そもそもくそ忙しいなかで子どもに栄養バランスの取れた食事を、しかも成長段階にそくして与えていくなどというのは大変な労力。その点も我が保育園のごはんは出汁をとるところからばっちり。なんならメロンとかスイカとか美味しい果物までついて、親よりも豊かなお昼ご飯を食べている気配すらあります。「昼には豊かでバランスの取れた食事をしているから」という名分で、朝と夜のおうちごはんを簡略化することもできちゃいます。

 

とりあえず現状の社会においては、親が共働きであろうがなかろうが希望するなら保育園通わせてあげた方がいいんじゃないの?などとおもったりしているのでした。少なくとも我が子が通っているような保育園ならば。

 

保育園、神。

 

ちびちゃんの成長 それにまつわる諸々

順調に育ちゆくおちびちゃん。少し前まで仰向けで転がってることしかできなかったのに、あっというまに寝返りを覚え、ハイハイして近づいてくるようになり、最近はよじよじと自分の膝にのぼってつかまり立ちしてにこっと微笑むようになりました。日々可愛さが増していくのですがどうしましょう。そのうち喋るらしいじゃないですかこの生き物。ちょっと前まであーとかうーだったのに、最近はまうー、んまーみたいな発音をするようになり、これはもう、目標としていた「とうちゃん」「かあちゃん」呼びを諦めてパパママ呼びで妥協すべきか、、とか実にどうでもいいことを夫婦で話しております。だって早く呼んでほしいじゃないか。

 年末くらいまでわりとあわただしく過ごしていたのですが、今は諸々区切りをつけることができ、一休み。というかヤマ場を越えたら一気に疲れが出てきて、ひと月ほど体調不良が続きました(続いています)。忙しかったり体調悪かったりで、適当なことをつづろうとおもっていたこのブログはまたも休眠状態になっていました。

 

 最新の嬉しいニュースは新年度からの保育園の決定。いやーよかった。持病で自分がどの程度育児をできるかが不明瞭だったりするなかで、自分の体調や会社員ではない妻の仕事の忙しさをどうやって自治体に伝えるかでいろいろ苦労しました。結局、正面から挑んでも役所の人がまともにとりあってくれず全然展望が見えなかったのに、総合窓口、福祉系のルートを使って相談をしたらこちらの事情をよく理解してくれて、話が一気に進みました。結果、無事新年度の認可保育園決定。こちら側のリサーチ力や交渉力で問題が解決した面があるので、自分たちに関してはよかったと思う反面、これだけこちら側から動かなければならないのなら制度から零れ落ちる人々、家族が随分といるだろうなぁと痛感しました。

 ここまで近所の一時保育を利用したり職場の保育室を利用したり、どちらも交渉のすえ本来のルールとは違うイレギュラーな形で子どもを預かってくれることになりなんとかしてきたのですが、これも本当に綱渡りだったなぁと思います。総じていうと、十分に賃金や企業福利にも守られず、他方で貧弱な日本の生活保護受給ラインで生きているわけでもない層の寄る辺のなさのようなものを感じています。前に近所の複合施設のことをブログで書いたことがあります。夫婦でがっつり働けていて、こどもを3人くらい育てるのに必要なお金は一応ございます、みたいな層が(どれくらいの規模かはしりませんが)存在すること、そのきれいな複合施設がどうやらそういった人たちを対象にしているらしいこと、意味不明に見える政策もどうやら似たようなことを考えているように思えることなど。保育園の件でも同様のことを思いました。詳細は書けませんが、いろいろと模索する中で、夫がそもそもがっつり働いていて妻は専業主婦で問題無しという企業社会的コア層に続いて、産休育休をしっかりとれてその後は認可保育園に子どもを入れて夫婦でばっちり稼げる人々までが政策の主たる対象となっており、その下の層の子育ては充分には保障されていないのだなぁ、と。認可保育園にさくっと入れるほど設定されているポイントは稼げず、他方で家で子育てだけに専念する生活をしているわけでもない。そんな人たちが結構いることに、も少し目を向けてほしい。

 ついでにもう一つ。天気のいい日や自分の体調のいい日、坊を連れてベビーカーで公園によく出かけます(が、このひと月、寒いわ体調は悪いわでほぼいけてない)。行くのは家から歩いて5分ちょっとの団地の真ん中にある公園です。広々していてそれなりに整備されているのがよいです。蚊がいるシーズンはちょっと困りますが。日中公園にいくと、おばあちゃんたちがよく日向ぼっこをしています。こちらがへらへらしながら歩いているのもあってか、赤ん坊連れとみると皆さん無警戒にどんどん話しかけてくる。中国残留孤児で日本語がほぼ喋れないおじいちゃんもいたり、顔見知りがどんどん増えてきました(中国語しか喋れないおじいちゃんと中身のあるおしゃべりができないかどうかは作戦を検討中)。おばあちゃんたちは、最近は団地に子どもがいなくなってしまった、とみな口にします。その分赤ん坊と接する機会が減って、赤ん坊が可愛いのでしょう。「すこしかしてくれないかしら。おっぱいでないけど」が定番のばーばジョークです。しかし、その公園に子どもが全然いないかというとそんなこともないのです。土日なんかは夫婦&子ども、または父親と子どもという組み合わせはかなり見ますし、平日の日中でもお母さんと子ども、また小学生くらいの子供たちが元気に缶蹴りをしていたりしています(缶蹴り中に隠れている子たちがスマホで連携を取り合っていて時代の波を感じました)。おばあちゃんたちに「でも、公園で遊んでる子どもたちそれなりにいませんか?」ときいたところ、どうやらその子どもたちや家族連れは、ほとんどが団地の住人ではないとのこと。団地そのものは高齢化がひたすらに進み、若い世代、なかでも子育て中の若い世代は非常に少ない、子どもたちや家族連れは、団地の外から遊びに来ているらしいのです。たしかにその言葉を踏まえて自分たちの街をみると、子どものいる夫婦は団地の少し外に一軒家をもつか、団地よりもリッチなマンションに住んでいるようです(公園で赤ん坊と遊んでたら警戒心のない小学生男子がなついてきて、なぜか初対面の僕を自分の家の前まで案内してくれました。でっかい車のあるいい一軒家でした。次あったら人を疑うことを説くべきだろうか)。自分たちは縁あって異常な安さで借家をかりて住んでいますが、その向かいには数年前に建てられた一軒家が4軒ほど並び、どの家も30~40代前後の夫婦と複数の子どもの家族です。団地の公園は、団地に住む子供たちの遊び場ではなく、そういう家の子たちの遊び場になっていたわけですね。

幼い日に団地で育って友達と団地の公園で遊びまくってた自分としては、少子高齢化と育児の贅沢品化とでもいいたくなる時代状況がこの数十年のうちに団地なるものの姿を大きく変化させたことを目の当たりにして、すこし衝撃を受けたのでした。